先月、無事に #03 酒に溺れた男の音楽劇 『ヴェルグルのバス弾き』 が終演いたしました。当プロジェクトにとって最大規模となったこちらの公演では多くのお客様にお越しいただき、大成功となりました。ありがとうございました。12月6日からはいよいよインターネット配信が始まります。配信を前に、音楽評論家・鈴木淳史さんにお書きいただいた公演評を掲載させていただきますので、ぜひお読みください。
路地を通って辿り着いたビルの地下室。もとは銭湯だったらしく、その遺構が片隅に残る。ここで、ミヒャエル・ハイドンの音楽劇(ジングシュピール)「ヴェルグルのコントラバス弾き」が上演されるのだという。
小気味良いディヴェルティメントで音楽が開始。その前から、時節を反映した寸劇が行われている。アルコール自粛の張り紙のあるバーで、こんなの守ってられるかとばかりにヤケになって飲む男(渡辺祐介)。
すっかりできあがってしまった男が家に帰ろうとするところから、音楽劇の本編が始まる。男が家に入ろうすると、コロナ対策が万全の妻は玄関を開けてくれない。その罵倒に近い夫婦のやり取り。罵詈雑言を含んだ妻(澤江衣里)のアリアも強いインパクトを残す。
夫のほうは怒って去って行く。その直後、川に飛び込むような音。妻は心配して家を飛び出すが、夫はその隙に家に戻って鍵を閉めてしまう。立場が逆転した夫は妻をなじり倒す。しかし、最後に2人は仲直りの二重唱で幕。
二重唱の途中で、両者は唐突に仲直りをしてしまうのだが、その音楽にまったく変化がない。これがモーツァルト作品ならば、絶妙に調性を変えるなどして、登場人物の心理を念入りに示したはず(「フィガロの結婚」の最後の「赦し」のように)。しかし、こういうのは例外だ。古典派の流儀では、解決は最後に必ず訪れるのだから、その道筋を生々しく描くなんて必要ないのだ。ただ、後期近代に生きるわれわれからみれば、それはあまりにも唐突に映る。
そうした変化を視覚化するため、演出家はダンサーを登場させる。それは、まるで夫の怒りを象徴するように舞台を飛び跳ねた。二重唱の途中で、その姿がもとの夫役の歌手とすり替わることで、悪魔的な感情が消えて和解が成立するという解釈なのだなと、了解したのだった。
だが、これはわたしだけの解釈だったらしい。終演後に行われた総監督、演出家、ドラマトゥルグの3氏によるアフタートークの場で、そのダンサーの意味が説き明かされたのだ。それによると、夫は本当に川に落ちて死んでしまい、その亡霊がダンサーとして現れたのだという。そして、妻も後を追って死に、死後の世界で2人は和解する「読み替え」た演出なのだった。なるほど。そう来たか。そして、こんなことをしみじみと思った。登場人物を2人とも殺してしまわないと、最後に解決がちゃんと来ますよというリアリティを説明できないという時代にわれわれは生きている、のだと。
廃墟みたいな空間で、ヨーゼフじゃなくミヒャエル・ハイドンによる、ほとんど誰も知らない音楽劇をピリオド楽器で、しかも読み替え演出による上演。これだけで濃すぎる。さらに、ミヒャエル・ハイドンを愛する変人たちのネタばらしトーク。加えて、その帰り道、北千住駅前の赤い提灯のまぶしさときたら。そして、それらの中心にミヒャエル・ハイドンの音楽がある。こういう麗しき一日を一生のうちにもう何度味わうことができるだろう?
文:鈴木 淳史
写真:岡田 直己
オンデマンド配信 配信期間:12月6日(月)〜12月12日(日)から7日間 ↓↓チケットの購入はこちらから↓↓ https://www.confetti-web.com/mhp21-03 ※本編は日本語字幕付きでお楽しみいただけます。 リーズル :澤江 衣里(ソプラノ) バートル :渡辺 祐介(バス) バーの店主・亡霊:神田 初音ファレル(ダンサー/俳優) ヴァイオリン :原田 陽、大光 嘉理人
ヴィオラ :伴野 剛
チェロ :上村 文乃
コントラバス :布施 砂丘彦
チェンバロ :山根(星野) 友紀
総監督 :布施 砂丘彦
演出 :植村 真
ドラマトゥルク :相馬 巧
美術 :小駒 豪
照明 :植村 真
字幕 :相馬 巧
撮影/編集 :岡田直己、前田博雅
録音/編集 :増田義基
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