これは「#02 モーツァルトとの友情『ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲』」ならびに「#05 ナチュラルホルンの宇宙技芸『ホルンと弦楽のディヴェルティメント』」に出演するヴァイオリン/ヴィオラ奏者の丸山韶さんへのインタビューを再構成したものです。
(9月24日、調布市文化会館たづくり第1創作室にて)
布施砂丘彦(以下、布施)「皆さん、こんにちは。ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト主宰の布施砂丘彦です。本日は、ヴァイオリン/ヴィオラ奏者の丸山韶さんにインタビューさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
丸山韶さん(以下、丸山)「よろしくお願いします。」
布施「丸山韶さんは、ヴァイオリン/ヴィオラ奏者としてバッハ・コレギウム・ジャパンなどの古楽オーケストラに出演されています。また、ラ・ムジカ・コッラーナのソロ・コンサートマスターとして、コンサートやテレビなどで活躍されており、ソロアルバムも出すなど、非常に注目されている若手奏者です。」
[丸山韶]
1990年、横浜市生まれ。神奈川県立弥栄高等学校音楽コースを経て、京都市立芸術大学を首席で卒業。京都市長賞、京都音楽協会賞を受賞。東京藝術大学別科古楽科修了。NHK Eテレ「ららら♪クラシック」、NHK-FM「リサイタル・パッシオ」にソロ出演。「バッハ・コレギウム・ジャパン」、「オーケストラ・リベラ・クラシカ」、「レ・ボレアード」、「チェンバー・ソロイスツ・佐世保」各メンバー。古楽アンサンブル「コントラポント」コンサートマスター。古楽オーケストラ「La Musica Collana」ディレクター、ソロ・コンサートマスター。「Ensemble LMC」リーダー。「Trio Ace」ヴァイオリン奏者。ソロCD「Con affetto」「FRENESIA」をリリース。
古楽器のヴァイオリンとは?
布施「さて、まずお聞きしたいのですが、現在、一般のオーケストラなどで使われているヴァイオリン(いわゆるモダンヴァイオリン)と、モーツァルトや
それより前のバッハの時代に使われていたヴァイオリンはどのように違うのでしょうか」
丸山「実は、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロなどの弦楽器は、管楽器などと異なり、楽器のボディ自体が大きく変化しているわけではありません。実際に有名なストラディヴァリウスも、当時はバロックヴァイオリンとして使われていたものを、現代ではモダンヴァイオリンに改造して使っています。
最も大きな違いは、羊や牛の腸でできたガット弦を張って演奏するということ、それによって奏法も変わってくるということです。他にも以下のような違いがあります。
・テールピース、駒などパーツの形やネックの角度が違う
・(昔の楽器は)指板が短い、顎あてや肩当てがない
など。しかし、ボディ自体は特に変わってはいないのです。」
布施「一般にモダンヴァイオリンとして演奏される楽器は、みなさん全部同じ形をしていると思うのですけれども、バロックヴァイオリンというのは、結構みなさん、人によって楽器が分厚かったり色々あると思いますが、いかがでしょうか」
丸山「今も昔も、楽器製作というのは、有名な楽器製作者のものをいろんな製作者の方がコピーして作っています。昔はさまざまなスタイルがあり、それは今よりも多かったと言えますね。
現代では、数値なども細かく、正確に近づくことができ、f字孔の形までかなり真似するものも多いです。一方、昔はコピーと言っても作者の個性をすごく出しました。たとえば、ヤコプ・シュタイナー(1617-1683)という有名な楽器製作者がいて、当時はシュタイナーモデルのヴァイオリンがたくさんありましたが、同じシュタイナーモデルでもかなりバラつきがありました。膨らみも、元の楽器よりもさらに誇張して膨らませる、ということもありましたね。
ただし、一概に昔の楽器が全部膨らんでいるかといえば、そうでもない。有名な「グァルネリ」は、とてもフラット(=平ら)な楽器です。そういう楽器も好まれたりするのですが、やはりガット弦を張るとき——特にバロック時代では、シュタイナーやアマティといった(膨らみのある)楽器のほうが好まれていて、評価も高かったと言われています。」
バロックボウ、クラシカルボウってなに?
布施「次にお伺いしたいのは、弓についてです。ヴァイオリン属の楽器において、いまとむかしで最も形が異なるのは弓だと思います。バロックボウ(バロック時代の弓)、クラシカルボウ(古典派の時代の弓)、モダンボウ(現代の弓)とは、どのように違うものなのでしょうか。」
(丸山韶さん所有のバロックボウ。バッハの時代の弓。スネークウッド)
丸山「ヴァイオリンの弓というは、初めは弓矢の弓と同じで、このバロックボウのように弓なりの形をしていました。バロックよりももっと古い時代になると、さらに弓のような形だったり、もうちょっと短かったりするのですが、このバロックボウはバッハとかそれくらいの時代に使われた弓です。特徴としては、現代の弓よりは少し短くて、軽いです。さらに、弓の毛の幅がだいぶ狭いため、毛の量は少ないです。こういった弓は、音をフォーカスすることにとても特化しているのですよね。ピンポイントで音が出たりとか。あとは弦を擦ったときのすごく自然なシルエット。スーッと真っ直ぐ弾いても、やはり減衰します。出した音が、膨らんで減衰するというのが、弓の形のまま、音のシルエットに出ると思います。」
布施「この時代の弓にはどのような素材が使われていたのでしょうか」
丸山「わたしのバロックボウもそうですが、スネークウッドが多いです。これは、ステッキやお箸にも使われる高級な素材です。他には、アイアンウッドというかなり硬い木も使われていました。だいたいこの2種類が多かったと思いますよ」
(丸山韶さん所有のクラシカルボウ。1780年頃の弓。フェルナンブコ)
丸山「さて、1770年代に登場するのがいわゆるクラシカルボウです。だいぶモダンボウに近づきました。これは1780年ごろにジョン・ドッド(1752-1839)というひとが作った当時のオリジナルの弓です。やはりモダンボウよりちょっと短いです。バロックと大きく違うのは、まず頭がすごく大きくなっていることです。考え方としては「フロッグ(=毛箱)とヘッド(=弓の先端、頭)の高さを同じように作る」ということで、当時そのような依頼があったという記録も残っています。あとは、弓の反り方がバロックボウとは逆になっていますね。これによって、(バロックボウと比べて)弓のバネがよく使えます。
バロックボウというのは、結構張っていて、強いんですよね、硬いというか。そのため、弓を飛ばして弾く速いタタタタタタタタという動きにはあまり向かないです。ポンッポンッっていうのはありますが。
一方、クラシカルボウではバネが使えるため、そういった点が大きく違います。それから、頭が大きくなったということで、先まで強い音を持続することができます。弾いて、先まで抜けない音、というのがバロックボウとの違いですよね。演奏の方法としても、古典派以降、どんどんとフレーズを長く持続させるようになりました。あとは「マルテレ」という奏法が出てきたりしますね。弓をあげないというのも、頭が大きいものだととてもやりやすいと思います。」
布施「なるほど。そして、その後すぐに出てくるのがモダンボウですね。」
丸山「そうです。モダンボウは実は1790年代にはもう登場しているんですね。なのでベートーヴェンの時代にはもう登場していました。ただ、モーツァルトはモダンの弓を知らなかった、クラシカルの弓までしか知らなかったというように言われています。」
(丸山韶さん所有のモダンボウ。上は19世紀前半の弓、下は現代の弓。)
丸山「これがモダンボウです。弓の毛のブレだったりという面で、安定させたかった、そうやって登場しました。ここに金属があったり(フェルール)とか、ここに貝がついていてしっかりと毛が留まっていますね。毛の根本がブレないようになっています。また、重さもだいぶしっかりしているということで、バネの特性はさっきのクラシカルと近いものもあるので、奏法的にはだいぶ近いものになります。
でも音がやっぱり違ってきます。毛の幅が違ったりとか、フェルールで根本が止まっていることによって音の安定感や華やかさがある。それぞれどちらが良いとは言えないが、そのような違いがある。」
布施「これはそれぞれどのような素材でできていますか。」
丸山「こちら(写真上)はモダンボウですがアイアンウッドで出来ています。一方、こちら(写真下)はフェルナンブコですね。」
布施「下の弓は、よく見る色ですね」
丸山「そうですね。フェルナンブコは染料としてもよく使われた、ブラジルによく生息している木なんですけれども、今では輸入に制限がかかってしまって、なかなかいい材料が取れないので、昔の、すごくいい素材があった時代の弓というのがすごく高く取引されていますね。
当時モダンボウが出来て最初から全部がフェルナンブコだったわけではなく、アイアンウッドも試されていたので、これ(写真上)なんかは19世紀はじめのスタイルにそれこそピッタリだなと思っています。
一方、こちら(写真下)はいわゆる現代のもっともポピュラーなスタイルの弓だと思います。」
ヴィオラにはいろんなサイズがある?
布施「今回のコンサートでは、丸山さんにヴィオラを弾いていただきます。ヴィオラはヴァイオリンよりも五度低い音が出る弦楽器です。楽器は音が低くなるとサイズが大きくなります。ですので、ヴァイオリンよりひとまわり大きい楽器がヴィオラということですが・・・この写真を見てみると、左から、ヴァイオリン、ヴィオラ、そして一番大きな楽器は・・・」
丸山「こちらもヴィオラです。」
布施「どういうことでしょうか(笑)」
丸山「ヴィオラはヴァイオリンと比べて楽器ごとのサイズに振れ幅があり、さまざまな長さの楽器があります。ヴァイオリンの場合はボディサイズが35.5cmというのが現代の基準となっています。それはストラディヴァリウスから取られた黄金比と呼ばれたものから定められています。ただし、昔はヴァイオリンにも様々なサイズがありました。とはいっても、その差は数ミリです。一方、ヴィオラにはいろんなサイズがあり、小さいと38cm、大きいものだと44cmや45cmといったものもありました(現代では40cmから41.5cmのものがよく作られています)。実はむかしは色んなサイズのヴィオラを使うことによってオーケストラでの内声の厚みを出すという考え方がありました。その考え方がはじまったのはフランスのオーケストラで、ここでははっきりとヴィオラのサイズが分かれていて、さらにパートも分かれていました。ドイツでもドレスデンなどの大きなオーケストラではすごく大きなヴィオラが使われていた、ということも言われています。
今回わたしが使うヴィオラ(写真右)はとても大きな楽器で、43.3cmあります。1780年ごろにザクセンで作られた楽器で、おそらくドレスデンあたりのオーケストラで使われていたであろうという楽器です。
ヴィオラというのは42cmを超えるとすごく大きいと言われるんですけれども、本当に42.5cmを変えたあたりから、すごくヴィオラの音の鳴り方が変わるんですよね。「ヴィオラ二本分の音がする」という表現をする人もいます。一般的にヴィオラは、ヴァイオリンに比べて、音量的には少しおとなしい楽器だと言われます。だからこそ、大きいサイズの楽器を使うことで、本当の意味でデュオのバランスというものが良くなるんじゃないかと思って、僕は今回、大きなヴィオラを使います。どんなバランスになるでしょうか。おそらく良いバランスになるのではないかと期待しています!」
布施「それは楽しみです!」
ミヒャエル・ハイドンの聴きどころ
布施「それでは、そんな楽しみなミヒャエル・ハイドンの二重奏曲《ソナタ》について、なにか聴きどころなどありましたら教えてください。」
丸山「ミヒャエルハイドンの作品を演奏するのは、今回が初めてです。有名なお兄さんのヨーゼフ・ハイドンに何か近いものがあるのかなと思いましたが、実際に楽譜を見て音を出してみると、すごく歌心があるな、と。モーツァルトも古典派にしては歌心のあるオペラ的な音楽っていうのが特徴だと思うのですけれども、それに対してヨーゼフ・ハイドン(兄)のほうがもう少し形式的にしっかりと作って、つくり(=構造)で遊ぶような音楽だと思うんですね。それに比べて、弟のミヒャエル・ハイドンは、歌心という意味ではモーツァルトに近いものがあるなと。歌いまわしというのはモーツァルトとはだいぶ違うのですが、旋律がとても豊かですよね。そこが弦楽器にすごくピッタリだと思いました。ミヒャエル・ハイドン自身ヴァイオリン奏者として活躍していたそうなので、弦楽器が引き立てられるような音楽が作られているなと思いました。そういったところが、とても聴きやすく、美しい音楽だと思います。」
布施「今日はありがとうございました!」
丸山韶さんがご出演する公演はこちらのふたつです!
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