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執筆者の写真ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト

【インタビュー】三宮正満さん


これは「#01 優美で多感な娯楽音楽 オーボエと弦楽のディヴェルティメント」に出演するオーボエ奏者の三宮正満さんへのインタビューを再構成したものです。

(9月7日、東京オペラシティ小リハーサル室にて)


布施砂丘彦(以下、布施)「皆さん、こんにちは。ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト主宰の布施砂丘彦です。本日は、オーボエ奏者の三宮正満さんにインタビューさせていただきます。よろしくお願いいたします。」


三宮正満さん(以下、三宮)「よろしくお願いします。」


布施「三宮さんは、日本を代表するバロック・オーボエ奏者として活躍されているほか、楽器の製作も行っております。」



[三宮正満]
武蔵野音楽大学卒業。ブルージュ国際古楽コンクール第2位受賞。ソリストとしてカーネギーホール、プラハの春音楽祭などに出演。2008年より田村次男氏と共に歴史的オーボエの製作をおこなっている。ソロCD「ヴィルトゥオーソ・オーボエ」「19世紀パリのオーボエ作品集」「ヴィダーケア・デュオソナタ集」をリリース。現在「バッハ・コレギウム・ジャパン」及び「オルケストル・アヴァン=ギャルド」首席オーボエ奏者。東京藝術大学古楽科講師。


古楽器のオーボエとは?


布施「三宮さんはオーボエの古楽器(=ピリオド楽器、オリジナル楽器)を演奏されています。バッハやハイドンの時代のオーボエは、現代のオーケストラや吹奏楽で使われているオーボエとは異なる楽器なのでしょうか?」


三宮「はい。まず、現在使われているオーボエ(=モダン・オーボエ)は、1870年頃に作られた楽器をベースとしており、このようにたくさんのキーが付いた”機械化されたオーボエ”です。」

(現代のオーボエ/三宮正満さん所有)



三宮「一方、これはバッハの時代に使われていた楽器です。現代では"バロック・オーボエ"と呼ばれています。ご覧の通り、キーの数が少ないです。」

(バロック時代のオーボエ/三宮正満さん所有)


三宮「材質は、櫛や将棋の駒に使われているのと同じ、ボックスウッド(=柘植)です。管が太く、指の孔も大きいため、ふくよかな音色がします。実際に演奏してみましょう。」



三宮「こちらはハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの時代に使われていた楽器で、現代では"クラシカル・オーボエ"と呼ばれています。今回の演奏会でも使用する楽器です。」

(古典派の時代のオーボエ/三宮正満さん所有)


三宮「材質はバロック・オーボエと同じボックスウッドで、大きくはかわりません。楽器の色が違うのは、(バロック・オーボエを)着色しているからです。クラシカル・オーボエはバロック・オーボエに比べて管が細く、指孔も小さくなっているため、輝きのある音がします。

今回わたしが使用するクラシカル・オーボエは、1800年頃にドイツのニュルンベルクで作られた、本物のオリジナルの楽器です(レプリカではありません)。」


布施「それでは、音を聴かせてください。」


布施「ありがとうございました。わたしもバロック・オーボエとクラシカル・オーボエの違いを知らなかったので、実際に聴き比べることもできて、とても勉強になりました。」



コール・アングレのルーツを探る


布施「さて、今回の演奏会では、三宮さんにはコール・アングレも演奏していただきます。コール・アングレと聞くと、ご存知の方はこのような楽器を想像すると思います。(ファゴットと同じように)リードと楽器のあいだにボーカルと呼ばれる金属のパイプが付いていること、球根型のベルを持っていることが特徴のオーボエ属の楽器です。ドヴォルザークの《交響曲第9番「新世界より」》第2楽章でのメロディが有名ですが、郷愁を誘うようなくぐもった音色は印象的ですね。」

(現代のコール・アングレ/三宮正満さん所有)


布施「今日はコール・アングレのルーツについても伺っていきたいと思います。コール・アングレはコーラングレ、イングリッシュホルン、コルノ・イングレーゼなどとも呼ばれます。これらはすべて”イギリスのホルン”という意味ですが、コール・アングレはイギリスでうまれた楽器なのでしょうか?」


三宮「実はコール・アングレは、イギリスにもホルンにも関係がないのです。この呼び名がうまれた経緯には諸説あります。天使が持っていたホルンと形が似ているから、天使の角笛=エンジェリッシュ・ホルン(Engellisches Horn)がイングリッシュ・ホルンになったのではないか、などとも言われていますね。」

(布施が想像する天使の角笛——ジョット・ディ・ボンドーネによるスクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画より)


布施「わたしたちが知っているコール・アングレはストンとまっすぐの形ですが、天使の角笛は曲がっています。形が似ているとは思えません。コール・アングレのルーツには曲がった楽器があるのですか?」


三宮「はい。これはバロック時代に使われていたオーボエ・ダ・カッチャという楽器で、コール・アングレと同じようにF管です。」


布施「F管というのは、オーボエの五度下ということですね。オーボエでいうドの指使いをすると、コール・アングレではファの音が出ます。ヴァイオリンにとってのヴィオラのような距離感です。」

(オーボエ・ダ・カッチャ/三宮正満さん所有)


三宮「そうです。オーボエ・ダ・カッチャというのは"狩のオーボエ"という意味で、バッハのカンタータや受難曲でよく使われます。楽器は湾曲していて、黒い革が巻いてあり、金属のベルが付いています。木管楽器なのか金管楽器なのかよく分からない、まるでホルンのような楽器なのです。」


布施「音を聴かせていただけますでしょうか。」


三宮「このオーボエ・ダ・カッチャは1730年代に使われていた楽器です。ちなみに、当時のF管の楽器では、まっすぐな形の"テナー・オーボエ"も存在していました。そして、1740年以降、湾曲した楽器に球根型のベルが付いた楽器が登場します。」

(オーボエ・ダ・カッチャの金属のベルを外して、コール・アングレの球根型のベルを装着する三宮さん)


三宮「このようなタイプの楽器(湾曲した本体+球根型のベル又はオーボエ型のベル)が、1740年以降にコール・アングレやコルノ・イングレーゼと呼ばれた楽器だったと思われます。」


三宮「1780年以降になりますと、このように"くの字"に曲がった楽器が出来てきます。モーツァルトはイタリア語でコルノ・イングレーゼと呼んでいたようですね。」

(古典派の時代のコール・アングレ/三宮正満さん所有)


三宮「湾曲した楽器は19世紀にも引き継がれていくのですが、1780年あたりにできた"くの字"の楽器は1830年頃にはなくなってしまいます。たった50〜60年くらいです。そして、19世紀のまんなか頃になると湾曲した楽器も廃れて、まっすぐの形だけになるのです。

これらは同じF管の長さを持った楽器ですが、時代によって、湾曲していたり角ばっていたりまっすぐだったり、異なる形状が共存しているという、面白い歴史を持っているのです。」


布施「面白いですね。とはいえコール・アングレが参加する古典派の作品というのは少ないと思います。この楽器はどういうきっかけで入手されたんですか?」


三宮「10年以上前に王子の北とぴあ国際音楽祭でグルックのオペラを演奏する機会があり、必要だったので製作しました。」


布施「三宮さんご自身が作られたのですね。」


三宮「はい、弟子の田村次男さんと一緒に、全部で3本作りました。友人のオーボエ奏者のアルフレード・ベルナルディーニさんに"コール・アングレを作りたい"と相談したところ、設計図を送ってもらうことができたのです。今回演奏するMH600のカルテットは1790年代の・・・」


布施「1795年ですね」


三宮「はい。この楽器はドレスデン製なのですが、1794,5年くらいに作られたタイプなので、まさに曲と楽器が同時代ですね。」


布施「そうですね。どんな音がするのか、ぜひ聴かせていただけないでしょうか。」


ミヒャエル・ハイドンがコール・アングレを使った理由


布施「ところで、古典派の室内楽でコール・アングレが登場するというのは相当珍しいと思います。」


三宮「珍しいですね、他にあんまりないですね。」


布施「これは、オーボエだと出ない音域があるからコール・アングレを指定したのでしょうか。」


三宮「えっとですね、実際のところ、ほとんどオーボエでも吹ける音域です。コール・アングレはオーボエよりも下の五度の音が出るはずですが、その部分の音はほとんど出てこないんです。オーボエだと楽勝で吹けます(笑)

ところが、コール・アングレで吹くとなると、(コール・アングレにとって)高い音域になります。ミヒャエル・ハイドンは、高い音域のなんともいえない、身の詰まったような、ちょっと鼻にかかるような音色を求めて、わざわざコール・アングレを指定したのではないでしょうか。」


布施「そうなんですね。」


三宮「ちょっと苦しいような上の音域ばかり出てくるので、演奏するのも簡単ではありませんが、そういった音色をぜひ楽しんでいただけたらと思います。」



さいごに


布施「三宮さん、本日はどうもありがとうございました。最後にひとこといただけますか。」


三宮「オリジナル編成でミヒャエル・ハイドンのカルテットMH600を演奏するのは、わたしにとって初めてとなります。もう一曲のディヴェルティメントMH179も初めてです。このようにピリオド楽器でミヒャエル・ハイドンを演奏することは、相当珍しい機会だと思いますので、みなさま、ミヒャエル・ハイドン・プロジェクトにぜひお越しください。」



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