連載「古に現を見ゆ」(1)ごあいさつ

更新日:2021年9月10日


 みなさま、はじめまして! ミヒャエル・ハイドン・プロジェクトを主宰しているコントラバス/ヴィオローネ奏者の布施砂丘彦と申します。この連載では、古典派のマイナー音楽を偏愛する布施が、独断と過剰な愛でもって語っていきます。


 さて、古典派の時代に活躍した音楽家といえば、ヨーゼフ・ハイドン、アマデウス・モーツァルト、そしてベートーヴェンという3人の巨匠ばかりが有名です。じっさい、わが国でこんにち演奏されている古典派音楽のほとんどが彼らの作品(特にモーツァルトとベートーヴェン)でしょう。彼らの音楽が素晴らしいことは言うまでもありませんが、優れた作品を残したのは彼らだけではないのです。ヴィルヘルム・フリーデマンやカール・フィリップ・エマヌエルらバッハ兄弟、J.L.ドゥシェク、ヴァンハル、ディッタースドルフ、マルティネス、サン=ジョルジュ、アイブラー、エーベルル、ヴォルジーシェク、ファランク、そしてミヒャエル・ハイドン・・・残した作品の素晴らしさが現代の演奏機会に比例しない不遇の作曲家は数え切れません。

 クラシック音楽の愛好家にプロの音楽家の多くにとって、古典派の作曲家というのは「男性」で「白人」、さらに出身国や活躍した国は「ドイツとオーストリア、あるいはフランスと・・・イタリアくらい?」というイメージがあると思います。しかし、実はそうとも限らない。先にあげたなかには女性の作曲家も白人でない作曲家もいます。国や地域も多彩です。ヨーロッパ中どころか、ヨーロッパの外でも古典派音楽は当時から演奏されていました。歴史は、語り手によってその物語の道筋が大きく左右します。音楽史も例外ではないのです。

 音楽史が多くの才能を取りこぼしてきたことは問題です。しかし、それは必ずしも悪いこととは言えないのではないのでしょうか。すなわち、わたしたちは、わたしたちがまだ知らない、過去の素晴らしい音楽に出逢うことができるのです


 知らない音楽の良さや、知っている音楽の知らない良さに触れることは、自分の知らない自分の感性に気が付くことでもあります。それは極上の芸術体験です。

 ミヒャエル・ハイドン・プロジェクトを通してそういった機会を作りあげたい。そして、わたしがもっともその素晴らしさを皆様と共有したいのが、ヨハン・ミヒャエル・ハイドンの音楽なのです。


 さあ、次回はいよいよ「忘れられた巨匠」ミヒャエル・ハイドンの生涯について書きます。お楽しみに!


次回⇨(2)ミヒャエル・ハイドンの生涯[前編]

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